はつもの

いきてるよ~

戒め

悪口に時間を使うな

話したいことは話しかける前にまとめろ

やめる時間は最初に決めておけ

深夜1時は遅すぎる

否定をするな

説明のために引っ張り出すエピソードトークは概要だけつまめ、膨らませるな

好かれていると思うな

図に乗るな、感謝と謝罪は常に口にしろ

無駄に笑うな、ごまかしで笑うな

わかってないことを漠然と口にするな

もたもたしゃべるな

相手の話に乗っかって自分語りをして流れを奪うな

相手の発言を盗むな

相手の反応をちゃんと読め

同じことを繰り返すな

同じことを繰り返すな

何にも集中できない

ここを更新してない間も色々書きたいことはあった

 

爪がなんとかなっても噛み癖治んなきゃ意味がない、とか

自分にとって仕事とは何か、とか

人と会話することについての持論の変化、とか

衛生観念の終焉、とか

 

それらを押しのけて今回書こうと試みる内容は

誰にも言えないわけではないのに言語化すること自体が自分にとっての毒(だと自分が定義している事柄)について

割り切ることや諦めることを今せずにズルズルと非言語化のモヤのまま抱え続けることは、

言語化によって自分にラベル通りの認識を刷り込むことよりも害が大きいと判断しての行動

こんなことで食事すらままならなくなるのが自分という卑小な人間なのだから仕方がない




以前、性欲がいかに判断力を鈍らせるか、という昔話を書いた

相手をよく見極めないまま自分の欲の赴くままに言動を積み重ねることは、自分にとっても相手にとっても不幸でしかない、という反省は今も念頭に置いているつもりだった

 

それでもこいつは、典型的感情の奴隷である自分の我慢をいとも容易く折れさせようとする

元々忍耐力が著しく低い自分にとって、ただでさえ抗いがたい性欲を我慢することは非常に難易度が高い

この期に及んで短くない付き合いの友人に自分の醜い性欲をぶつけそうになっている

いや、既に耐えきれず若干ぶつけている

前回の反省や後悔もまだ冷めていないというのに

この友人との関係が少しでも崩れたら最後の拠り所そのものが滅失するリスクが余りにも大きいというのに

自分を殺しかねない行いを自ら抑制できずに行ってしまっている自分を既に殺したい

そういう状態



とにかく苦しい

黙って耐える以外にできることがないのに症状は悪化する一方

 

現状だけ書いたところで収まりそうにないので

とんでもなく長い文章として関連事項を全部ここに置いて行って

自分の思考メモリの開放と無関係な人が読む意欲を削ることを目標とする

とにかく自分の事しか頭になくて欲に弱い人間がつらいよーってウジウジしてるだけの何の面白みもないゲロです






自分と長いこと遊んでくれている少人数のグループがある

学生時代からの付き合いで、別に全員のクラスや部活が同じだったわけでもないのに

その遊びだけを接点として今日まで関係が続いている稀有な縁だ

自分はこのグループで遊ぶのが心底好きで

自分が死ぬまでこの面子で遊び続けたいと本気で願っている

サシではない友人関係はこのグループしかないので最後の拠り所でもある

この関係に歪みが生じることを自分は何よりも恐れている

 

感染症がひと段落つこうかというタイミングになって

我々はオンラインでその遊びをするようになった

かつては1年に1度程度、誰かの家に集まるのが通例だったが

各々が自宅から参加できるとなれば頻度が格段に上がるのは必然だった

 

我々は常に全員でその遊びをしているわけではなく

遊びのルールの都合によってグループ内の数人だけ集まるときもあった

オンラインでやろう、となった時の最初の遊びはまさに数人だけで

前回遊んでから1年半以上が経っていた

 

久方ぶりに話す友人たちと濃い内容の遊びをして

自分はこの上なく浮かれていた

 

その久しぶりに集まった中に、友人Aという人物がいた

Aは当案件の中心人物である

高い熱量と厚い知識量と豊かな思考をもってこの遊びに彩を添える

このグループの重要人物の一人である(自分以外の全員が重要人物である)

Aは人柄が読めなさすぎる不思議な人物、という印象が強かった

ゲームが上手く、遊びの内外において面白い言動が多い

どこか抜けているようで着眼点や洞察力が鋭く、一筋縄ではいかない上位存在に見える

他の面子とも遊ぶのは当然とても楽しいが、Aがいると特に心が躍った

全く理由はわからないものの、Aを非常に気に入っていた

それは学生時代に初めてこのグループで集まったときから今日に至るまで一貫して変わらない事実だ

 

自分はインターネットの向こうの活動者に傾倒することや

目上の人物を推しに据えたりすることはあれど

対等な立場の身近な人物に強い好意を抱いたことはなかった

親は当然に大事な人物で比較の対象にいない

他の友人たちは自分と繰り返し遊んでくれる有難い存在

自分は好きでなくなった元友人は容赦なく縁を切り捨てていく罰当たりな最低人間なので

関係を続けさせてもらえている友人は全員が好きであり

その中でも推しみたいな人ができることがあるんだなあ、と

Aに強い関心が持てていることを喜びさえした



オンラインで遊ぶようになってからしばらくしたある日の深夜

サシで通話していた同グループの友人Bから不意に言われた

「お前はAに恋愛感情を抱いているんじゃないのか、学生のころからずっと」

自分は閉口した

 

正直、自分でそう考えたこともあった

でも自分の知っている恋愛感情とは異なっていた

そもそも「これは恋愛感情だ!」となったところでできることはなく自分が苦しくなるだけでハッキリさせるメリットなど微塵もなかった

それを友人Bは本人に向けて言語化したのだ

「お前はAのことずっとそういう意味で好きなんだと思っていた」と

 

そもそもこのグループは全員同性で

常識的に考えて男の取り合いでもない限り恋愛沙汰など起きるわけがない環境だ

そこにどうしてそういう視点が混じるのかといえば

友人Bは学生時代から己の性的指向についてよく考えていた人物だったというだけだ

なお友人Bは現時点ではストレートだと表明している

 

自分が学生の時に同性と交際していたことを友人Bは知っているので

それ以後にそう考えるようになったと言われればまだ納得がいったかもしれない

しかし自分がまだ自分をノンケだと思っていた当時から

友人Aのことを恋愛対象として見ていたのだろう、と物知り顔で言われては

短気な炎タイプの自分はムッとしてしまうのだ

 

それが恋愛感情のタネであることを自分で薄々感づいていて

あえて否定し続けたものを他人から暴かれることへの不快感もあった

数年の間に度々あったかもしれない強い関心のそぶりが他人にバレていたのも恥ずかしかった(Aの近くに寄りたい瞬間があった自覚がある)

こんな自分でも特別好きな友人ってできるのだなあ、という喜びを正面から切り捨てられた悲しさもあった

直前の話題の最中、自分の感情を伝えることは我慢すればよい、と常識のように言ってのけたBが「お前があまりにAの話をするので嫉妬たまらず言ってやろうと思った」とのたまうので怒りさえ湧いた

 

他者の介入によってまざまざと輪郭が明瞭になったこの感情はもはや無視を許さず

Aに声をかけ目を見るたびに緊張し

Aと遊ぶたび言動に自分の童貞さがにじんでいないか警戒し

Aと遊び終わったあとの反省会で童貞挙動が一切隠せていなくて絶望する

本当にこれが恋愛感情なのか何度も疑い

やっぱり違うんだよなあ、で本当の原因として考えられる可能性はただの性的欲求で

あまりに汚くて泣きそうになる

意識すればするほど言い逃れができない状態になっていくことが苦しくて

Bに責任転嫁する意識が止められなくなった

 

恋愛感情があるんじゃないかと言われて以後も

グループで集まる頻度の高さは変わらず

むしろ感染症禍で遊べなかったブランクを取り戻すかのように一層打ち解け

今更はじめて酒を酌み交わし

お互いのパーソナリティを認識し始めた

 

Aとは一部趣味が被っていることがわかり

サシで通話する機会も増えた

朝まで徹夜で趣味以外の話をすることもあった

 

飲みの席で、直前に場のノリで付けた録音を消さぬままスマホを置いてトイレに立ったことがあった

あとから録音を確認したとき残っていたのは、このグループには珍しい恋愛の話だった

全員から告白されたAが場に返した言葉は「いうて全員ノンケやろ?」だった

当然、全員同性であるからして告白が冗談であることは明白だ

Aは自分よりユーモアに富んでいて、分かりやすい冗談を真に受けるような人物ではない

そんなAがまるでその場に本気の人物がいるか確認するような言葉を発している

自分は驚くとともに期待を持ってしまった

もしその場で「いや、わちきはバイでござる」と名乗り出る者がいたらどう返すつもりだったのか気になって仕方なかった

 

というか、そもそもAがストレートなら自分のこの期待は時を待たずして打ち砕くことができるではないか

楽になれるではないか

 

解決策にようやく気付いた自分は通話中どう聞き出すかに気をとられまくっていた

しかし自分から仕掛けることもないままAが流れでこう言った

「このご時世だから同性も好きになれたら面白いけど、残念ながらめちゃくちゃノンケなんだ」

 

胸にわくのは安堵とショックと反発心

面白くもなんともないぞと分からせてやりたくなる濁った欲求

額面通り受け取ってよいものか迷うような言い方に拭い去れない期待

それを精一杯押し殺してなるべく自然に返す

「わかるわ、自分も悲しいくらいノンケや」

 

そもそも我々はオタクとして同性間のそういったコンテンツを好んでいる者たちであり

現実のそういう話題に関心があるのも自然な範囲

しかしAが提供してくれるその手の話題をどうにも割り切って聞くことができず

反応を試されているんじゃないかと勘繰ることをやめられずにいる

結局のところ性欲を完全に消し去ることは本当に難儀だということがわかっただけだった




そもそもなぜ恋愛感情であることを認識したくなかったのか、と友人Bに聞かれた記憶がある

愛はなるべく声に出して伝えるべきである、という思想をもつBならではの疑問だと思った

 

疑問をうまく返せたか覚えていないが、もちろん理由はある

第一に、ひとつのグループ内で恋愛関係が発生した際、他メンバーへの心理的負担を避けられないのを知っており、そうなる可能性自体を避けたいこと

第二に、関係が破綻した場合に二度とこのグループのフルメンバーが揃って遊ぶことが叶わなくなるのが死ぬほど嫌なこと

第三に、ちゃんとした恋愛感情ではなくただの下心である可能性が大きい自覚があったこと

第四に、万が一関係が成就したとして価値観や性格の不一致から絶対に不幸にしてしまうのが分かり切っていること

第五に、Aの人生に汚点を作りたくないこと

第六に、そういう目で見ていることを自覚した時点で自分の挙動が100%おかしくなるから自分の思考そのものを欺けていたほうが全体に対しメリットが大きいこと

第七に、距離を少しでも間違えれば嫌いになる・嫌われる可能性が非常に高いこと

 

言葉では要らん嘘をこれでもかと吐く癖に自分の感情には一切嘘をつけないクソ野郎ゆえに

余計な問題の種は視界に入れないのが最善策だと考えている

そういう主旨で回答したような気がするが納得してもらえた覚えはない

 

Bのせいではっきり意識して苦しむ羽目になったともいえるが

Bが言わなかったとして無意識の過剰好意が駄々洩れになってグループ全体から嫌われることにもなっていたかもしれない

Bに感謝すべきかどうかもまだ結論をだせていない




自分がAの近くにいたい、触りたい、独占したいという欲を抑えきれるかどうかだけが要点であり

自分がAから好かれるかどうか、逆に嫌われるかどうかはさほど気にしていない

なぜなら好かれる理由などなく、嫌われて当然だということは疑いようのない事実だからだ

 

ここ最近だけでいくつ粗相を重ねているか振り返るのも恥ずかしい

過剰な謙遜、しょうもないマウント、冗談の範囲からはみ出た馬鹿にしたような物言い、セクハラ、アルハラ、強制投げ銭、過剰な隙自語り、サシで関わるたびだらだらと時間を使わせている、面白くないボケやノリの強要

既に嫌われている可能性も十分あるがそれを滲ませずまだ一緒に遊んでくれていることに自分はまた金銭で感謝を示したいと考えてしまう

 

本当に嫌われたとして、その時が待ちわびた開放の時でもある

好かれることの嬉しさは失うのが怖いから開放の方がありがたいかもしれない

 

嫌われなかったとしてもAにだって好みってもんがある

これまで聞いた限りでは内面も外見も自分は箸にも棒にも引っかからないだろう

せめてもっと清潔感ある外見くらいは整えてからじゃないとそんなことを考えるのすらおこがましいという話だ





もし特別な執着がなかったならもっと楽しいことがたくさんあったと思う

ただ楽しい関係でいたいだけなのに自分で勝手にハードルを上げている



二人で出かけたときの服装やこの日のために整えてきたのであろう髪型がとても似合っていて本当に童貞みたいにドキドキしてしまったこと

通話が長かったり軌道修正できなかったりしたときの謝罪に対して狙ったかのように一番あったけえ言葉をくれて照れてしまうこと

長時間をリアルで過ごしているとグループ内で自然発生するおさわりノリで

何故か手をつなぎ、別れを惜しむ恋人のようなくすぐったい手離れがどうして発生したのかわからず混乱しつつあまりに照れすぎて顔も見れなかったこと

ごめんね勝手に触って

ほかの友人がAに触ったり寄ったりしてるの見てあんな妬くと思わなくて

友人に対して妬いてる時点で何も進展しないほうがいいのは間違いないんだって分かって

もうどうしようもないんだということを理解して絶望して

ごめん

ややこしいアホがグループに混じっててごめん



いつかこの感情が消滅する日が来ることを心から願う

現状維持の平穏が欲しい

誰かこのとんでもない勘違いをぶん殴ってくれ

恥ずかしくて情けなくてしにそうだ

麻酔

 

昨年の今頃、自分は自分史上もっとも異常だった。

 

緩慢と詰んでいる、手の付けようがない仕事。

足の踏み場がない家の床と生き方。

埃をかぶったゲーム機。

迫る誕生日。

 

暮らしを構成する各面の谷が同時期に重なってしまったこと。

節目だと自分で思っていた年齢になってしまうこと。

久しぶりに友人と会って、積み重ねてきた孤独耐性がごっそり削れてしまったこと。

すべてタイミングの問題だ。

焦りを感じる要素が一時に重なってしまい、状況を整理する前に混乱してしまった。

それが昨年の敗因。

後に医者にも「混乱してるだけですね」って言われたし、この自己分析は間違っていない。

 

 

なんでこの時死ねなかったのか。それは親が存命だから。

よく「漫画の続きが読めなくなるから」とかも言うしわかるけど、その理由だと生きてる限り続が気になるものしかないから一生死ぬことと向き合えない。だから自分は死なない理由に趣味が含まれない。

生まれたくて生まれてきたわけではないけど、自分の親は親として素晴らしい人間だから、自分が生きているだけで安心してくれる唯一の人に唾は吐きたくない。

親が死ぬまでは死ねないし、親が死ぬところを見たくないから死にたい。でも死ねない。だから同時に死ねたら一番いい。地球が他の惑星とぶつかってくれたらいい。

まあ、そうやって絶対的抑止力だと思っていた親の存在もアルコールの前には無力だったけど。

 

 

誕生日とかいう老いのリマインダー。

人体が最も調子のいい歳に、人生が最も豊かでいられる歳に、自分は何も持ち合わせていない。

それがどうしようもなく惨めで無価値だと思った。

親と親友から来た「誕生日おめでとう」のLINEの通知が何よりも苦痛だった。

うちの親は毎年、小さかった頃の自分の写真をLINEやメッセージカードで贈ってくれる。それまでは素直にうれしかったけど、この時はとにかく耐え難かった。

今日という日を生きて迎えたこと、それのどこにめでたい要素があるのか。

あなたがたが祝福を送った相手は、真っ暗な部屋で膝を抱え足に短い爪を食い込ませて「生きるのをやめたい」と呟きながら号泣している。

生きていたくない人間に対して生きていることを祝うのは十分に嫌がらせだった。

じゃあ死ねよって話なんだけど。死にたいと生きたくないは積極性に差がある。意味が違う。

吐きながら「ありがとう!」と返信した。

 

 

って自分で思ったことを親に知られたとき、親がどう思うかを想像してまた泣く。
不出来な子供ですまねえな。
そして自分はやっぱり親にはなれないな。

 

 

自分は自己肯定感が高い人間だと思って生きてきた。

義務教育時代、自分の考えは基本的に正しく、それをすべて表に出すことは当然の行為だった。

高等教育時代、それまでの傍若無人さを反省して、協調性の向上に努めた。

社会人になって、出る杭になることが明確に己の損になった。そもそも発言の場などなくなった。

自分は変わらなかったし変えられなかった。諦めた。

どんなにだらしないことをしても、見て見ぬふりでやりすごせる自分の自己肯定感が低いわけがない。

そう思っていたけど、そもそも自己肯定感という言葉を理解していなかったかもしれない。

 

 

義務教育時代の自分は、自分という人間の本質が言動に100%出ている。

そして高校以降、義務教育時代のふるまいを全て過ちだと定義して、同じ轍を踏まないことだけに注力してきた。

そうやって自分の本質を完全に否定した時点で、自己肯定感を語る権利がないんじゃないかと、つい最近気付いた。

 

自分の反射的な部分は変えようがないと割り切ることで、己と向き合ったつもりのまま、自分の思考は誤っているという大前提を構成する。

転職を考えても、死ぬことを考えても、思考のほとんどは自分の出した選択肢の否定。

それで否定しきれなかった生き残りを行動に移す。普段の外出や買い物とかもそう。

頑固な持論があるときもある。それを表に出すべきか否かの検討にそれなりの時間がかかる。

だから明確なルールや基準がないものがすこぶる苦手。自分で結論を出せないから。外に着ていく服とか、社会的振る舞いとか。

 

あくまで判断基準は「自分がどうしたいか」ではなく「世間的に無難かどうか」だ。自分は誤っているから。

他人の目がなければ自分は存在しない。存在することを考えなくていい一人暮らしの自宅だけが自分の居場所だ。

そして、どのみち存在していないなら、いつ死んだって同じなのだ。親さえいなければ。

 

 


とかいいながら、本質的にかまってちゃんでわがままで目立ちたがり屋で負けず嫌いで欲深く頑固で誰かの中に存在していたい承認欲求の権化のような自分大好き人間だから、どうにかわがままをねじ込めないかと思案して本音を匂わせたがる。

その最たるものがこのブログだ。

能ある鷹に憧れて隠せない爪を噛み続けている。

 

 

 

今までハマってきた実況者たちもそうだけど、今、生活の大半を占めている香木コンビなんかは能ある鷹の絶対的なヌシみたいなもんだ。

理想なんてもんじゃない。現実に命をもって暮らしていて、事実としてそういう存在であること。これ以上に圧倒的なことはない。人間として最も面白い存在。

もちろん、本人たちが実際どうなのかは知りようがない。自分にはそう見えているというだけの話。

 

自分自身を確固たる生き様として持っていて、それを完全に受容してどんな場所であっても堂々と展開している。

そのうえ、場や人を分析・理解して出力レベルを調節することもできる。しかもなるべく自分を損なわない形で。

極めつけは、出力している「自分自身」がこの上なく無害であること。

ところかまわず自分のやりたいことを貫けるメンタルは超自己中心的なスーパーナルシストとも言える。それが嫌味にならない要因は、香木コンビ特有のいろんな要素があるなかで、一番は無害な事だと考える。

慈愛とか善良とか言い換えてもよかったけどニュアンスが違う。要素としては確かにギバーなんだけど、限りなく仏なんだけど、ここまで完全に善良な人間がいてたまるかという自分の受け入れ難さもありつつ、「他人の時間を自己都合で奪う」とかの迷惑がなくはないというのも含めて、主観的な言葉選びとしての”無害”。

この無害さが、本当に、心の底からうらやましい。

 

 

自分の本質を否定すること自体は正しい。その判断は高校に進学したときも今も変わらない。

自分の価値観で見ても、自分はろくでもない。

マウントを取り、陰口をたたき、悪口を浴びせ、弱者を視界から消し、物事を自分の都合のいいように解釈し、思い込みで他人を振り回し、自分に甘く、保身の為なら人を傷つける嘘も厭わない。テンプレのような害だ。

だから自分は目立ってはいけないし、言動は発する前によくよく検討する必要がある。自分らしく生きることで加害者になる。

 

ではどう考えを改めるべきなのかというと、「己と向き合ったつもりのまま、自分の思考は誤っているという大前提を構成する」の部分。己と向き合って、誤っている箇所を整理しなければいけない。

自分は自分を受容していない。自分を受容できないまま生きるのは苦しい。改善提案も転職も、自分を主体にすることが苦痛すぎて考えただけで胃がもげる。

現状維持を優先しても、理想と現実の狭間でもみくちゃになることに慣れて、自己肯定感の底を掘り下げ続ける。

向上し続けなければ生きることを許されない。自分のことを誉めたり好いたりする人間は自分のことをなにも分かっていない。

自分という反面教師像を見て自分で作ったそんな型に、なんとか肥満体を収めようと奮闘している様は目も当てられない。

それでもそうし続けるしかない。自分を受容できないまま型にはまるのをやめることは死を意味する。

 

 

当然、反発しているだけでは何も解決しない。

解決の意思はある。もっと気楽に人と喋ったりしたい。もっと気楽に生きたい。

そのためにはコストを支払わないといけない。でも支払先がわからない。

失敗経験があまりにも少ない。ただでさえカスみたいな存在が今から失敗を重ねたらいよいよ取り返しがつかないんじゃないか。

やってみるしかない。リスクを取れる人間にしかリターンはない。

リターンを得た自分は調子に乗る。調子に乗って、盲目になる。他人を傷つける。いつもそこまでがテンプレだ。

どうしたらいいかわからない。どうなりたいのか掴めない。できることをやるしかないだけなのに。思ってる暇があったらできるのに。やらない。お前はそういうやつだ。
そうやって悩んでいるつもりでただ時間を無駄にしている。無益。

 

 

 

香木コンビとヤク1000のおかげですっかり元気になり、部屋も掃除できた。自炊も再開した。生活が向上した。

ただ、昨年と同じ濃さの希死念慮がより鮮明な輪郭でずっとここにある。

昨年から状況は何一つ変わっていない。何も解決していない。もう時間もない。

麻酔に浸って面倒事すべてを見なかったことにしている。

誕生日が近づいている。

 

願わくば、この麻酔が切れたとき、最高の走馬灯を見たい。

津波、あるいはハリケーン

前回、前々回の更新で、とあるお笑いコンビに熱が上がっていることを書いた。
その発端から今に至るまで、これといって面白いことは無かったものの、
ここが自分の人生のターニングポイントかもしれないのでとにかく書きたいだけログに起こしておこうと思う。
クソ長いこれ読むくらいならサタンタンゴ2周見る方がよほど有意義。
タイムイズマネーだぞ。

 

 


2021年12月19日の日曜日、夕方。
あとちょっと出社すれば冬期休暇、2日後に心療内科の受診を控えた自分は、
月曜の気配に圧されベッドで寝転がって虚空を見つめていた。
休みが近く、寝不足解消したてだったためにしんどさはそれほど無かったが、
やはり何もやる気が起きない状態だった。

 

そういうときにできることといえば、Twitterしかない。
TL監視は時間を食いつぶす代わりにHPもMPも消費しない。
黄色いカバのアイコンと茶色いマレーグマのアイコンが芸人とM-1について呟いているのを読む。
そういえばそういう時期か。投票結果をツイートしてるってことは放送今日か。
金属バットって『うりゃ』の人か。男性なんちゃらは知らんな。
お、オズワルドとひまわりの人決勝いるじゃん。2019おもろかったな。
へー、聞きなれないカタカナのあのコンビも決勝いってんだ。カバたちが配信でその話してんの聞いて去年ネタ動画見たっけ。

真っ黒な左の人が棒立ちする横で白Tの人が海外有名歌手の誇張マネみたいなことをしているようでしていない、とにかく動いて叫ぶネタをつべで見て、唖然としながら「始発待ちの二人はヤベー芸人が好みなのかな」と思った記憶。

そしてドット絵ハゲおじさんのアイコンの人もツイートをしていた。
「ぼくもM-1みようかな」と。
この人は別にお笑い好きじゃないのに見るのか。
てことは自分も観ておかないと配信の話ついてけない可能性あるな。
そう思って、頭がからっぽのままテレビをつけた。まだ始まってないみたいだった。

オープニングムービー。知ってる人一人もおらんけどかっこよかった。
審査員登場。いやこれめちゃくちゃかっこいいでしょ。テレビつけてよかった。


と、まだ主役たちが出てきてないのに既にノリノリになった自分はTwitterに脳みそを直結し、始発待ちの言動を同期した。

これはフォロワーに同じ趣味の人間がいないのをいいことに、楽しさアピール欲があふれて調子に乗った時のムーブだ。
他人の考えを我が物顔で呟く。知ったかぶりに嘘を重ねる。非常によくない癖だ。
この時は「白黒のやべーコンビの優勝を応援する」「金属バットが敗者復活できるように祈る」という姿勢をインプットした。

この人たちの事なにもしらないのに。

そして、普段全然同じコンテンツについて話すことのない友人2人がM-1のことをつぶやき始めた。
自分はますます調子に乗った。

 

1組目でいきなり腹筋死んだかと思うほど笑った。赤いジャケットのでかい人の説明の時点で着眼点に感動する。壮絶なまでに面白かった。
2組目で確実に息の根止まると思った。奇怪にもほどがあるし既視感もあるのに、なぜか笑わずにはいられなかった。始発待ちインプットによる贔屓がどのくらいあったのかもよくわからない。そういえば自分は勢い押しの芸人が好きだったな、と思い出す。ただただ面白かった。
あとはもう最後まで笑い通し。爆笑なんて久しくしてなかったからとても気持ちがよかった。
真空とももだけちょっとトーンダウンした。頭が馬鹿になってたんだと思う。

Twitterではカバが2組目のせり上がりで泣いてた。
軽々しく知ったかぶりインストールしてごめん、と思った。

 

とにかく、とにかくおもしろかった。
余韻がものすごかった。
Twitterで2組目のネタのノーカット版があるらしいと聞いて見た。
やっぱ意味わかんねえなと思った。後半はどう笑えばいいのかわからなかった。

 

翌日、まだ余韻が取れずオズワルドのつべを見漁った。
ビッグピースが頭から離れなかった。

 

そのまた翌日、心療内科受診の日。
2日間笑いっぱなしだった自分はメンタルがマシになってしまっていた。
解決策は得られなかった。自己分析の答え合わせにしかならなかった。
家に帰ってオズワルドのネタ動画を見た。

しかしオズワルドに飽きが来ていた。
同じネタを2回見れなかった。
そして脳裏にずっと白黒の奇怪なコンビがチラついていることにも気づいていた。
何故こんなに意味不明なのにあんなに笑ってしまったのか。
その答えが知りたくて、Twitterで見かけたつべを見てみることにした。
テレ朝の「もういっちょTV」を最初から。
プロの編集が入った動画ならそんな濃ゆいものじゃないだろう、50本ちょっとの動画群なんて一瞬で見れてしまうな、と思いながら再生を押す。
「始動!」と銘打たれた1本目の動画から、ボケの方がこわいボケをしていてこわかった。

それから一週間、仕事→もういっちょ→就寝ループを繰り返した。
虚空を見つめる暇など無かった。勝手に涙が出てくることもなくなった。
途中、何個も怖い動画があった。たぶんボケなんだろうけど笑い方がわからなかった動画もあった。胃が縮こまるような動画もあった。それでも見続けるのをやめられなかった。仕事中も頭から離れなかった。


どうやら沼に足を、いや大災害に巻き込まれたらしいと、最新の動画に追いつくまでもなく気付いた。
今の今まで抱いていたあらゆる悩み、考察、不安、感情、思考回路の一切を踏みにじられた。事実、踏みにじられた。コテンパンに。跡形もなく。
経験したことのない感覚だった。わけわかんないのに清々しかった。
茶番の天才出てこいやソングの歌詞そのままに、「俺の心を土足で踏みにじるような」天才。それはこのボケの人だ。そうとしか考えられなかった。
当の天才は自分が面白いと思うことを思いついたままにやっているだけのようだった。
そのシンプルさが凶暴極まりなかった。
対峙して為す術などありゃしなかった。
こんな人間が存在してたまるかと思った。
こんな人間がいるならまだ人生捨てたもんじゃねえなと思った。


しかし自分は冷静なつもりだった。

今まで芸能人に興味が向いたことは一度もない。特別好きな芸人がいたこともない。
強いて言うならアクセルホッパーが好きだったがあれはネタの一つにすぎないし、たまたま見れたらラッキーくらいの、好きと言っていいのかすら微妙なレベルだ。
だから今回も一過性の熱だ、2週間もしたらすべからく飽きるだろう。
そう思った。
結果、それがとんだ見当違いに終わったことはご覧の通りだ。


そこからはもう、すべての時間が香木コンビだった。
芸能人の追っかけ方がさっぱりわからなかったり、ファンの性質が見慣れなかったり、とにかくなにもかもが新鮮だった。
予定を把握する。観る。笑う。
各種情報を遡る。観る。笑う。
ライブ配信を買う。観る。笑う。クレカの利用明細を見て青ざめる。
共有欲が抑えられなくなる。家族に見せる。いっしょに笑う。
情報量の多さに熱が出そうだった。いくら観ても全然観尽くせる気配がなくてわくわくした。
それは今も変わらない。

人柄やエピソードの蓄積によるものなのか、単に慣れたからなのか、
M-1でやったネタのフルバージョンもいつのまにか最後まで面白く見れるようになっていた。
川原さんのつべに上がってた花見バージョンが最高だった。

 

ライブにも行った。
間近で見る香木コンビのネタは迫力が違う。空気が違う。
ボケが空を切る音が聞こえる。ツッコミが動く気配を感じる。
ボケの人はえげつない量の汗をかいていた。ツッコミの人は顔が白かった。
生で見る二人は、画面越しで見るよりもごつごつしてるな、と思った。
当然、べらぼうに面白かった。酸欠でしぬかとおもった。

このライブを生で観れたことが一生涯の思い出になることは明らかだった。

まだあれからひと月も経っていない。今も余韻をかみしめている。

 


毎日笑い声をあげているからか、体調不良が著しく減ったように思う。
しかし、部屋の汚さが昨年の比じゃないことを考えると、今は麻薬を浴びてハッピーになっているだけかもしれない。
しぬなら今だと強く思う。
でもこんなにアクティブで自立できていたことは生涯で一度もない。
せめて世間に気後れしない状態を謳歌したい。

人生、まだ変えられるかもしれん。

つめにっき ★ビッグバン★

 

随分と日記を放置してしまった。更新すんのちょうど200日ぶりらしい。

この半年ちょい、香木コンビを追っかけるのに夢中で、ライフワークのはずのゲームすらやっている暇がなかった。

奴ら面白すぎる。一向に飽きる気配がない。こんなつもりじゃなかった。

そしてその間、四半世紀ほど何の進捗もなかった我がつめにっきに天変地異が起こっていた。

 

 

爪が伸びたのである。

 

まあまあきれいに伸びたのである。

 

左右ともに。

 

これは大事件、とんでもない事件だ。

ありえなかったことだ。

四半世紀超えられなかった壁を越えた。

心のどこかで結局は無理だろうとあきらめていたことだ。

成し遂げたぜ。

 


肝心なのは、まだ最終形態ではなく、今伸びたからと言って今後も維持できるかどうかはまた別の話、ということだ。

今はイベント前だから爪を大事にしようとする心理が働いているが、慣れてきたらまたないがしろにするかもしれない。

逆戻りだって大いにあり得る。

そのときのために、現在地がどこなのかという爪進捗と、

ここにたどり着くためにやったこと、必要だと感じたことを書き留めておく。

 

 


★進捗★

≪ Before ≫

つめにっき初回を参照。

爪先と指先の距離が2~3㎜、右手オールミジンコ、SwitchのLボタンと縦幅一緒。

ワイド爪以外の何物でもない。縦1:横3。

 

≪ After ≫

指先=爪先。

左手は全体もネイルベッドも新境地の長さ。

右手は左手のデフォルト+伸びかけ。縦4:横3。

右手中指の爪の縦幅、SwitchのZRボタンの縦幅と同じ。

ネイルベッド(ピンクのとこ)比で全体的に倍のサイズ、親指に至っては3倍サイズ。

誰がどう見ても縦爪、まではまだちょっと遠い。まだ白い部分長め。

でもこのくらいの爪の人結構見かけるよな、という長さ。

 


★だいじなこと★

・爪強化剤

・甘皮処理

・生活と思考をまるごともってかれるほど熱中できるコンテンツのイベントに行く予定を立てる

 

 

★やったこと★

◇昼休みと寝る前のネイルオイル塗布、ハンドクリーム常用

爪と皮膚の間をビタビタにし、周辺の指にも刷り込む

オイルは何でもいいと思うけど自分はOPIのマニキュア瓶の刷毛塗り

刷毛にたっぷり含ませたのを爪の先と指の間にMAXヨイショ

片手指5本ヒッタヒタにしたあとで爪の根っこの方も皮膚と爪の間に刷毛をすべらせる

余ったオイルを根っこの皮膚の上にテキトーに塗って刷り込む

ハイポニキウムくんをおだてないことにはどうしようもない

 

◇道具をそろえて甘皮処理&根っこ側の押し上げ

脱・皮被り

爪用のプッシャーとニッパー必須、プッシャーだけで甘皮除去すると爪が傷だらけになる

でもニッパーも気を付けないと指血まみれになる、動画とか見て勉強したほうがいい

週1,2回くらいのペースで押し上げ&除去

風呂上りとかで指がふやけてるとやりやすい、ふやけてなくてもできないことはない

プッシャーで甘皮浮かせるときにとにかく根っこの方の皮膚を「退け…」と念じながら痛くないギリギリまで押し上げる

爪を縦に伸ばすということは根っこの皮膚を押し上げることと心得たり

ネイルケアの動画見てると根っこあんま刺激しないほうが良いという見識もあるから自己責任で

根っこ側が指先に迫りすぎてる自分みたいな爪は正直押し上げないと見栄え全然変わらん

 

◇やすりで爪を削る

爪切りにさよならララバイ

爪先にひっかかりがあるとそこを剥いたり噛んだりしがち

放置で伸ばすと扇爪的な横への伸びもないことはない

爪噛みリスク撲滅&縦爪軌道修正のためのやすりがけ

指より爪の方が長くなったら指と同じ長さに調整するためにも削ったほうが良い

あぶないし無駄になんかにひっかけてハイポニキがしぬことが増える

でもネイルベッド伸ばしたいから2㎜くらい白いとこ残す

 

◇やすりで爪を磨く

爪への気遣いを実感に繋げるための儀式

爪の表面の縦筋や傷を削って、爪用の目の細かいやすり(フィルムとかいうやつ?)でキュッキュする

すると爪が輝く

傷や縦筋が意外と爪先の引っ掛かりくらい気になることあるからつるつるにしといて損はない

あと爪が様になるからミジンコ状態でもやったほうがモチベになる

強化剤ぬるときに傷あると気泡になりやすいからそれ防止のためもある

作業風景はきっと傍から見たら美意識高いJKのナイトルーティー
 

◇爪強化剤を塗る

マスト、今回の大金星の立役者

塗布の目的は複数
     ・簡単には噛めない強度の爪にしたい
     ・ぶつけたりしても折れ欠けしないよう保護
     ・頑張って塗ったからきれいにしておきたいという心理による爪噛み抑制
     ・爪表面についた傷が隠せる
     ・爪が視界に入ったときに「ちゃんと頑張ってる感」を得られる
     ・爪が綺麗に見える

甘皮処理ややすりよりかはめんどくさいし時間もかかるけどやる価値しかない

ネイルオイルと同じとこが売ってる毎日塗り重ね→一週間したら除光液でオフするタイプのやつ

マニキュアとか経験なさ過ぎてうまい塗り方ぜんぜんわからない

気泡入るとストレスになりがち、うまく塗れるように努力する

どうしてもうまく塗れんときは重ね塗り諦めてもいい

でも「毎日」ってのが肝でもあるから飯食った後とかに流れでやっちゃうと良い

塗る前になるべく手洗ったほうが良い、脂で剥がれやすくなったりゴミ巻き込んだりする

ミジンコ爪にこそ容赦なく塗るべき、右手はこれがなかったら伸びてなかった

 

◇三次元でイベントやるようなコンテンツにハマる

すべての根源であり最難関

前提として、ストレスMAX状態だと爪を噛むしかないから趣味に熱中できることが大事

そのうえでドハマりコンテンツの本人登場、しかも至近距離、みたいなリアルイベントに参加する予定を計画する

すると自然と「身なり」が問題になる

ミジンコ爪がコンプレックスになっていればいるほど「見られたくない」という気持ちが高まる

しかし全指に絆創膏を巻いて参加するわけにはいかないから伸ばすしかない

爪の世話してる時間にドハマりコンテンツ視聴する

ストレスも爪噛む暇もなくなる

再生回数も爪も伸びる

ドハマりじゃない場合まずイベントに参加するハードルが高い

「参加しない」という選択肢がない状態=「やるしかない」というモチベ

世話の面倒や生活のストレスの根源をなくすのが一番の効果かもしれない

あとヤクルト1000を定期購入して飲んでることも書き添えておく

 


皮膚科の医者に言われた「噛まなきゃ伸びる」は真理ではあるんだけど、その「噛まない」がどんだけ難しいかという話。

「噛まないとやってらんねえ」の状態にならないようにストレスを軽減すること、「噛んだらもったいねえな」と思うレベルで爪を介抱することが肝なんじゃねえかなと考える。

ストレス軽減はそれこそ心療内科で薬もらうとか環境変えるとかやりようがあるかもしれんけど、爪の介抱は自分がやらなきゃネイルサロン通うしかないから、世話が苦痛だとだいぶキツイと思う。

逆に、もしこの世話やってる状態で一度でも噛んだらすべてが瓦解する可能性も全然ある。

理想の爪は指先=ネイルベッド先端のような、指の腹が包丁の背みたいに爪との合流地点に向かってとがるような爪。

爪を噛まずに普通に生きてきた人が持ってる爪。

今からそれが可能なのかは知らんし、ネイルベッドを伸ばすのがとにかく難しくて時間かかるのは分かる。

髪洗えばハイポニキ剥がれる。指ぶつければハイポニキ剥がれる。

オイルサボって乾燥が続けばハイポニキ剥がれる。白が増える。モチベが下がる。

つべで見た爪伸ばし姉貴は綺麗な爪になるまで3年かかったと言ってた。

自分はまだ数か月程度だ。やっとスタートラインに立ったに過ぎない。

 


あと「爪さえ伸びればすべてうまくいく」と思ってたけどそれほどでもねえわ。

どうせ爪短いから…という言い訳が使えなくなるだけ。

いうて重大な成功体験なのは明らかだから自信がつかないわけでもない。

 

香木コンビにハマってからというもの、ちょっと痩せるわフッ軽になるわ健康になるわイライラが減るわ、マジで人生変わったかと思うような変化が多かった。

言うまでもないが、一番の変化は爪が伸びたことだ。

これまで一度も成し遂げたことがなかったことができてしまった。

仕事中の書類の受け渡しや買い物の会計で恥を感じることがなくなった。堂々と指差しができる。

手を隠さなくていい。気分が上向く。

 


次の目標は爪の長さを左手=右手にすることと、参加予定のイベントをすべてこなした後も維持することだ。

もしネイルベッドがこれ以上伸びないようならネイルサロンへの相談も検討しようと思う。

できる限り行きたくないけど。

 

つめにっきの更新はしばらくないかもしれない。

すぐ更新するときは、それは瓦解したときだろう。

こっから瓦解したらやり直せる気がしねえな。

次なる発熱、蒸気まみれ

東大寺にある香木が芸名の由来らしいお笑いコンビにハマった。

2021年12月19日、精神的行き止まりを感じて予約した心療内科にいく2日前にハマった。

ハマってから切れ目なく動画見て笑いまくっていたら医者に行く理由がなくなってしまった。それくらいハマった。

自分でドン引きしているので一度冷静になるために脳内文字起こしを試みる。

 

第一に、自分はお笑いファンではない。

M-1を通しでちゃんと見たことも記憶にある限り1回しかない。2019年、よく見るようになった配信者がお笑いファンで、触発されて見てみたら何組かのネタがマイブームになった。敗者復活とか見たことない。そのくらいだ。

昔こそエンタの神様をかぶりつきで見ていたし、大晦日は毎年決まってガキ使を見る。でもそのくらいだ。お笑いというジャンルではなく、面白いものが好き。それだけだった。

一人暮らしを始めてからはテレビを見ること自体なくなった。流行りの芸人はヒルナンデスで知る。

まず芸能人を推す人の気持ちを想像することもできなかった。配信者一人追うことすら疲労する自分からしたら、俳優やアイドルを追っている人のポテンシャルは憧れであり非現実だった。

 

それがどうだ。この一週間、仕事以外のすべての時間を蘭奢待に費やしている。時間だけでなくそれなりの金も使っている。頭がおかしい。

動画、過去番組、SNS、ラジオ、ポッドキャスト、DVD、配信ありのライブ。

他人の脳みそと入れ替えられたんかと思う。どれ見ても面白い。欲張りの勢いが衰えない。

「カバーしなきゃいけない範囲が広すぎる」「交友関係把握しきれない」「どうせ全部追えないし遡れないのに」「どうせ来週には飽きる」といった配信者追いとのギャップによる疲労疲労として響いてこない。

 

 

何がツボなのか、なんで笑ってしまうのか、なんでこんな追いたいと思うのか。

どうせ考えてもわかんねえからそういうのは割愛する。ただ混乱しながら笑うことしかできない。

 

ただひとつ、誰も見ていないブログにしか書けないことがある。

ボケの人の顔が好きだ。このコンビを知るまでそれを自覚したことはなかったが、ボケの人の顔につい目が行ってしまうことに嫌気がさしたことではっきりとわかった。自分はこの系統の顔がどうしても好きらしい。

なぜ嫌気がさしたかというと、横顔、ふつうのときの顔、なにより笑っているときの顔が元カノにそっくりだからだ。

スマホにはもう元カノの写真が残っていないので卒アルを引っ張り出してきて比較した。この卒アルの名簿写真が好きでねぇ。今もこの笑顔の写真だけは好きだ。そしてボケの人にそっくりだった。ちくしょう。

元カノも歯並びがちょっとがたがたしていて、丸くて、髪型も似た感じで、身長もわりと近くて、眉こそボケの人よりは細かったが目元も似ている。体系はボケの人のほうが細い。でも悔しいくらい似ている。どうして。

絶対に顔ファンだと思われたくないし顔が好きで追っかけるようになったわけでもない。いろいろ調べた結果顔「も」好きだったってだけだ。決して顔目的で特命Pやファッション雑誌に金を出したわけではない。決して。

 

スーツ着てるボケの人の写真をつい保存してしまうのだけは正直勘弁願いたい。2000%容姿の好みだ。コンビでスーツ相性抜群だがボケの人のスーツ相性がカンストしている。好みの顔の人がド性癖のスーツや眼鏡でそれが似合ってんだったらそんなものはしょうがない。元カノと万が一関係が続いていたらこれが生で見れたんだろうか、とかそういう気持ちが一瞬脳裏を過るのも許されたい。自分に許されたい。

お笑いコンビにハマったことで元カノと関係を切ったことを後悔するのはほんまもんのバカ。アホよそんなもん。

おととい夕寝したときにスーツ着た蘭奢待が風猫の途中でビリー・ジーンを二人で踊っている夢を見た。ボケの人のズボンがいつビリっと逝くのかずっとハラハラしていた。完全に欲が出た夢だった。

 

見慣れるまではグッと歯を食いしばるしかない。

ネタやってるときの顔が面白いのが幸いだ。

ストレス備忘録~お局体験編~

この会社に勤めて4年と少し、前任と同期と上司が人としてはどうこう言わんけど一緒に仕事する上でしんどいな、と思いながら退職を考えたりしていた。

完全に甘かった。上には上がいる。

この文章は、お局のボディーブローと6時間消えない胃痛デバフを、上司に対してイラが来たときに思い出せるよう記録するものである。



あらすじをまとめておく。

8月下旬、キャリアのどん詰まりに不安が抑えきれなくなり体調を崩す。流れで同期に社内改善案の提案を持ちかけられる。

9月上旬、会議で同期が提案するも撃沈。言い方が悪いのと普段の心象がよくなかったのが原因。

9月中旬、同期がとりまとめて諸々のやり方を変えることになるが、あまりに不安定なうえに自分が矢面に立たされそうになったため上司にサシで意見聴取、上司預かりに

9月下旬、途中経過とかなく上司の鶴の一声で色々変わった。結果的に完璧な形に収まったレアな例。

10月上旬、会議にて経過報告。特になんかあったとは聞いていない。上司も出席

10月中旬、同期から提出物の改訂予定を聞かされる。「私は言い方が悪いらしいから」とのことで円滑に進めるために周知を自分にやってほしいとの事。内心関わりたくなかったが、首を縦に振らないと今後の関係に確実にひびが入る空気だったため、「対面じゃなくて書面なら窓口やります」と自ら申し出ることになる。

10月下旬(現在)、各部署へ事前確認依頼を出し、確認事項やご意見に返答。

最終日(昨日)にお局からメールが入る。文体と言葉使いのキツさに耐えきれず感情のバケツが粉砕。

そして本日、上司に相談の上お局にメールを返信しノーガードのみぞおちにボディーブローを食らう。なんとか泣かずに済んだ。

 

どんなメールだったかというと、そもそもペーパーレス推進のために提出フローを変えます、という話に対し「印刷のほうが楽なのになぜ手間を増やすのか」「電子提出の手間を上回るメリットを教えろ」という趣旨の内容。自分は何を書いても貶される気しかせずに縮み上がった脳みそをフル回転してオール電子のメリットとうっかり書いたままにしてしまった感想に近い私見の尻ぬぐい(それなりに繕ったつもりだったがダメだった)、上司の権限で決められる域の話じゃなくなったので確認の上回答する旨を返信した。

自分の文章がそもそも私見まみれで稚拙だと言われればそのとおりなのでそれは申し訳ないが、「ペーパーレスのメリット」と「データ作って送る手間」を比べて手間の方に天秤がガッツリ傾く格上を上手に説得する術を自分は知らん。

 

で、その返信に対して「手間以上のメリットないんですね、残念です」「この件は取るに足らないので割愛します」「管理職が決めることなのでこれ以上の返信は不要です」等の勝利宣言が文字ギッチギチの長文で返ってきた。下線とか太字とかの編集まで入ってた。悪意で人殴れる人こえーと思った。というか会社や今回の案件とお局がグッピー死ぬくらい温度差ある。

なまじ書いてある内容が普通だったりするので感情を殺して読めば参考にできるのかもしれないが、読み手を不快にさせる意図で書かれたとしか思えない文体と単語チョイスが反射的に吐き気を催し心をかき乱してくるので、ナナメ読みしてすぐ迷惑メールフォルダに移した。要約すると「黙っとけ雑魚」だと思う。

 

おそらくは手間以上のメリットを理解するつもりがそもそもない。

取るに足らないって言った内容、そもそもお局から聞かれたやつ。

管理職が決めることなのは当然なんだよなあ。文中に上司とのやりとりも記載したのに。意見聴取とその対応まで上司ができたらそりゃ楽だろうよ。

書いてて腹立ってきた。

 

あまりに揚げ足取りまみれで攻撃的な文章にべそかいてしまったので、なんか救いがほしいと思って上司に「お局はいつもこうなんですか?」と聞いた。お局がメールのCCに上司を入れていたからだ。

いつもそうらしい。上司曰くお局は肩書至上主義で、格上には媚びへつらい、格下には耳を貸さず攻撃する。絵に描いたようなお局である。そして変化には意地でも抵抗する。

弊社がGoogleカレンダーを社内共有できないのはお局が障害になっているせいとのこと。所属部署の私物化も問題視されてたりされてなかったりする。

昔弊社に役員として勤めていた人が嘱託で復帰したときも、その人が勤務していた頃お局の元上司で仲が良かったためお局と一緒に仕事をすることになったが、役員の肩書を失ったその人にお局はひたすらに攻撃性を向け、あっという間に配置転換したらしい。

協調性がマイナス方向にカンストしよる。



ここまで読んでこの感覚を思い出せたらいい(よくない)が、万が一忘れ去ったときのために。

ねじ切れそうな胃袋、勝手に溢れ出てくる涙、速すぎる脈と心臓の圧倒的存在感、とまらないため息と生あくび、頭から離れないメール本文、希死念慮

「あなたたちの方向性は正しい」「お局がいるから変化は本当にゆっくり起こさなきゃいけない」って言ってくれる上司、今までは肝心なところで突拍子もないことばかり起こしたり日本語通じなかったりセクハラ発言多かったりと不満が多かったが、お局に比べたら5億倍有能でいい人である。

伝わりづらすぎる自分の話を聞く時間を取ってくれる、お願いしなくても情報収集してくれる、裏話も交えて意見交換をしてくれる、少なくとも常識や社会感覚は自分とずれていない、経験の活かし方を知っている、休みすげえ増やしてくれる、お局含め魑魅魍魎の中でサバイブしている。お局の話をしているときに「いろんな人間をうまく使うことが大事」って明言する。経歴を裏切らない賢さはあるんだと認識せざるを得ない。

 

自分が上司をクソだと思っていた理由は、社会人として扱ってくれないと感じる出来事が多すぎたこと、失敗する機会を与えてもらえないこと(奪われることもあった)、自分の業務内容に関心を持ってもらえないこと、その他細々。こう羅列すると指示待ち感と甘えプンプンでやべえな。これは反省。

お局の圧倒的悪意パワーを前にしてはどれも些細すぎる不満だ。自分はとても平和な環境にいたのだと気付く貴重な機会であった点についてはお局に感謝してもいい。二度と御免だが。



こちらの粗を常に探している、揚げ足取って神経を逆撫でする、理解する気も会話する気もないので無敵、勝利宣言。

これ既視感あるなあと思ったんだけどインターネットに昔から一定数いるんだよな。荒らしって呼ばれたりしてるけど。

ただのマウントおばさんだと思えば、相手にしない、接触しないが大原則になるのはインターネットで学んだので、明日からは徹底的に存在を忘れていきたい。人を使う立場になるんだから、と言ってくれた上司には申し訳ないが、自分のメンタルでは逃げるだけで精一杯だ。

 

どのみち、自分の職務的に今後も接触は避けられないので、ただ事務的に事実だけを伝え、同じ土俵に上がらないよう気をつけるしかない。

嫌われるようなふるまいをしたつもりはないが心当たりがないわけではない。お局のことは最初から関わらんほうがいい人とは認識していたので、今までどおりの対応をするだけだ。

今回の件も返信不要ってお局から言ってくれたので全体通達以外で関わることはもうないと思いたい。

自分も書類を持っていくことはあるし、お局も書類などを自分のところに直接持ってくる機会は多い。どんな声色で来るのかは今は想像したくない。怖い。避けてくれるのなら万々歳だ。

 

あーーーーー出社怖ぇ!!!!!!!!

働きたくねえ!!!!!!!!!!!!!!!