はつもの

いきてるよ~

ずっと考えてたんだけど

ガチ恋とはちょっと違うかもしんない。
こないだO氏出荷お祝い記事で「ガチ恋なんだわ、すまねえな」という話を書いたけど、イマイチ腑に落ちてない部分があって、その後もずっと考え続けた結果違う原因もあるんじゃないかと思い至ったので記録しておく。
 
以前、O氏というコンテンツをどう見ているのかという記事で「奴は自分にとってのサタンタンゴ」的なことを書いた記憶があるけど、それがショックというかモヤモヤを覚えた原因のひとつなんじゃないかと思う。
ガチ恋だと考えるに至った要因はこれまでも別の人物に対して抱いていたことがあるので、O氏にだけガチ恋なのはおかしい、という問題点は先の記事にも書いた。
そうするとO氏特有の要因を洗い出すことになるわけで、どう考えてもサタンタンゴしか思い浮かばないわけ。
 
要するに自己投影しすぎというか、O氏に起きる出来事を自分事として捉える悪癖が発動した結果矛盾がおきたのがショックって形で発現したということではないかと思っている。
 
自分は他人と暮らすとかいうクッソ難易度の高い行いをするつもりは微塵もなくて、O氏も1年前くらいの配信で「同居って難しいよね」みたいな話を友人のおじさんとしていたので、勝手に「共同生活苦手族」として自分とリンクさせてしまっていた節がある。
だから「同棲する」って聞いて話が違うやんけ!と思ってショックを受けたんじゃないかと考えた。
もし同棲じゃなくて結婚だったらショックを受ける暇はなかったようにも思えるし、シンプルに「彼女がいます」っていう話だったらヒュウッ!リアリィ?そいつぁゴキゲンだな!で完結してたと思う。こればっかしはタラレバだから都合の良いように解釈してるだけかもしれないけど。
そもそもO氏が彼女いなくてもリア充だっていう大前提を無視してる時点でショックもクソもないしな。
 
サタンタンゴリンク説は自分の感じ方としてガチ恋説よりしっくりくるので考えるのやめなくてよかったって思ったんだけど、下手するとガチ恋よりきしょい可能性あるなと思ってなんとも言えない。
ショックを受けたって事実は変わんないし、あれこれ理由をつけて「自分はガチ恋勢ではありません」ってアピールしておきたいだけのようにも思える。
 
O氏の普段の配信は”先生”がパーリンカ煽りながら村人観察日記を書いてるのを観てる時と同じ気持ちで聞いてるし、サタンタンゴがとてもスクリーンと20年以上の時を経た向こう側の話とは思えなかったのと同じようにO氏というコンテンツもインターネットの向こう側とは思えない妙なリアリティが未だにあるので、独り身だろうが同居人がいようが無職だろうが社畜だろうがずっと焼酎と二人三脚でチーズロール額に乗せて闊歩しててほしいなって思う。
同じ国で生きてる人なんだからリアリティがあるのは当然かもしれないが、ネットを介して見るリアルは主観だと創作物と大差ないので表現としては間違ってないと思っている。
そういう意味で、彼女さんはいわばイリミアーシュである。
サタンタンゴにこじつけるなら、今はフタキが荷造りしているカットのあたりだろう。作中で最も希望に満ちている場面だと思う。O氏にとってもそうだと尚いいんじゃないだろうか。ようわからんけど。
 
未来の自分にブチギレられると困るのでマジレスもぶら下げておく。
他人をサタンタンゴ呼ばわりするのは、ましてや全く知らない彼女さんを暴言虚言の自称救世主に例えるのは双方に対して失礼の極みなのでよくない。
ただO氏が自分のサタンタンゴだという感覚はどうも他に形容のしようがないなと感じているのでストレートにそう書いている。イリミアーシュの出現で覚醒ブタキが見れるんじゃないかって言いたかっただけだ。
自分はエシュティケよりもモノを知らない。語彙力がないだけ。
 
なんか〆の言葉用意してたんだけど忘れちゃった。サタンタンゴの話みたいになっちゃってるしどうしようもないからこのまま載せる。
同棲を始めてもO氏がこれまでと変わらずサタンのタンゴをインターネットで聞かしてくれたらありがてえなと思う。
大地は母で、海は父で、
ボクトット ミス ボクトット ミス ボクトット。
 

めでてえ

昨日、普段見てる配信者が彼女と同棲するために引っ越しするらしいというのを別の人の配信でつまみ聞きした。
同棲する配信者のことを仮にO氏とするが、自分はO氏の配信を2、3年前から急にめちゃくちゃ見ていて、影響を受けた出来事は枚挙にいとまがない。氏のコンテンツはゲーム配信より雑談、雑談より創作小説が好きで、O氏に強い関心を持ったのも相方さんが支部に公開した過去の作品がきっかけだった。これは前にも書いた。そう、某ちんだ。
この記事は、O氏のめでてえ話を聞いて起きた自分の反応とガチ恋と国民と理想と現実についてのガチャガチャしたものを言語化してみようというやつである。
 
まず、O氏自身が彼女います!とわざわざ公言してくれたこと、これは赤スパの価値がある。そして「推しの推し(恋人)は俺の推し」論者かつ婚姻フェチである自分にとってこれほど嬉しいことはない。もう自分の中ではO氏は結婚して円満な家庭を築く準備をしていることになっている。恋人より夫婦の方が好きだからはよ結婚せえやと思わずにいられない。すごく失礼だから絶対言わんけど。第一感情が「嬉しい」だったことを念頭に置いて続きを読んでほしい。
 
喜ばしい!と脳みそが狂喜乱舞しているにも関わらず、鼓動はひどくスローペース。何故か胸のあたりが不穏な感じ。ショックとまではいかないが落胆を隠せない負の感情が湧いている。おでれえた。自分が好んでおっかけている人のリア充報告にそんなガチ恋勢みたいな反応をするとは微塵も思っていなかった。これは本当にそう。クソびっくりした。
 
ただ、よくよく考えると心当たりがなかったわけではない。これまでの配信でO氏が「結婚したい」と話しているのを幾度か聞いて、自分ならその規格に収まるか、と考えたことが大いにある。O氏だけに。
たとえば「同居はしたくない」とか。これは共感。「矢口真理みたいな明るい人が好き」とか。これは考えるまでもなく夢見る余地ねえなって思った。あとタバコやお酒、配信や友人との時間に対する許容度とか。そういうIF妄想が元々好きな人種だから許せよ、と思いながら。身のほどはわきまえているので、どれもこれも異世界転生妄想みたいなものだったけど、普通の視聴者はまずそういう妄想をするに至らないだろうからどのみち気持ち悪いのは変わらない。
つまり今回が年貢の納め時だったというわけだ。
妄想に嘘をつくことはできても反射的感情に嘘はつけない。自分はO氏とリアルで関われるかもしれないと少なからず認識していたという事実。自分で書いてて気持ち悪い。発情してるのを隠せないのはとても醜いことであり、二度と繰り返すまいと決心しながらもやめることができない自分の特徴でもある。
 
ガチ恋は事実だがガチ恋的反応に驚愕したのもまた事実だ。なぜなら三次元の推しが結婚すると聞いたときに祝福歓喜こそすれショックを受けたことなど一度もなかったからである。O氏よりよっぽど身近で直接かかわる機会の多かった仲の人にさえそんな感情は湧いたことがなかった。だからよりによってアル中ヤニカスギャンブラーかつ下ネタと暴言に遠慮がないおじさんに何故、とも、だからこそ、とも思う。これが恋愛脳の恐ろしさの所以だと思っている。
 
こないだの逃げ恥婚とかもそうだけど、芸能人が結婚すると悲しむ人やロスを訴えるファンの心境が自分は微塵も理解できなくて、実際ロスに陥ってた知人に聞いても「好きだったんだから普通の反応じゃない?」とか言われてますますわかんなかったんだけど、やっぱりそういう人たちは「盗られた」的な感覚が少なからずあるのかな、っていうのが見えたような気はした。人間みな生まれながらにして夢女子夢男子ってことなのかしら。好きという感情は細目が多くてカテゴライズが難しいから、もし本当にそうなら勘違いして落ち込むのも無理はないなと思える。ただそれを配信者みてえな素人相手にやるとヤバさあるから気をつけなよ、っていう話になるんだろう。
 
自分は夢を見るのを死ぬまでやめられないうえに尺度を周囲に合わせるのが苦手だと思う。だから本当はこういう生鮮コンテンツに関わることがあっても消費に留めるべきで介入はしてはいけないのだ。ただ、初めて見るタイプの配信の当時のあのコメント欄にちょっと憧れてしまった。そしてコメントを拾ってもらえるのが楽しくなってしまった。それで勘違いしてしまったのだとしたら切腹しかない。違うと自分では思っているけど、自分のことが自分にも分からなくなっていると考えた方が無難なのは間違いない。
 
面白いことが言えて、過度な期待はせずともイベントをほどほどに楽しみ、テキトーに深夜まで酒飲んで聞いてられて、プライベートを詮索せず、空気も読めるけど自由な理想的国民になりたい人生だった。
現実は一生国民という水に混ざれない油だということを忘れてはいけない。何をどう努力しようが、その努力自体が浮くし、努力が腐って見返りを求めだすのは経験済みだ。諦めるのが一番賢くて楽しい道。自分はにわかの臭い奴。肝心な時に限って忘れてしまうから紙に書いて壁に貼っとくかな。
どのみち、塩害にやられた今のコメント欄にコメ打つ気はないのでしばらくはどうでもいいし、塩害が終わらないのであればコメントを拾わない配信しか見なくなるだろうから、その自戒は王国が再建する時までとっておいても問題はないだろう。
 
又聞きだったせいで余計にもやもやしている部分もあるから早くTSを聴くに越したことはない。
社会とのかかわりが極端に薄い自分にとって、O氏や友人らの配信を見ることは異なる暮らしを聴ける貴重な機会なので、できれば細く長く見続けていきたい。それを自分で阻害するのだけはなんとしても避けたい。ただでさえ異文化な場所で必死に空気読みながら楽しんできたんだ。同じ轍は踏まない。こういう騒動の時はROMるに限る。
 
 
こんな支離滅裂なこと書きに来たんじゃなかったはずなんだけど想像以上に言いたいことがまとまってなかったらしい。
とにかく、自分はO氏の出荷がサンズ優勝並に嬉しいので仕事してる場合じゃない、っていうことだ。勤務中に書いてるけど。今日は花金なので酒盛りだ。折角だから豚肉と黒霧島でパーッとやろうかえ。
 

お爪様の日記

しばらく諦めて放置していた爪について、進捗ないけど状況だけでもまとめておこうかなと思ったので書く。
 
右手はガチ進捗ゼロ。人差し指の右側が若干ピンク色伸びたかなと錯覚する程度でとにかく噛み癖が消えていない。
一方左手はなかなか保全率高め。「爪を伸ばす」という意識を完全に放棄してハンドクリームすらサボっていた結果、勝手に伸びた。
右手の犠牲ありきなのがいただけないが、親指以外は横幅と縦幅が逆転している。
爪が長いことにもいつの間にか慣れていたし、爪を噛む頻度も減っているような気がする。
あと足の爪も伸びた。手の爪が長くなった結果、足の爪を剥ごうとすると手の爪が先にダメージを受けるようになったからだ。
一度も見たことのない長さになった。長年のミジンコ爪の代償か、親指以外の爪が上向きに生えてきてガッツリ浮いてしまうので、ピンク部分の成長は見込めない。
前も書いたが反り爪なのは手も同じ。
左手人差し指はピンク部分の成長が著しいものの、ほかの爪は待てど暮らせどピンク部分が伸びない。
むしろ、全体が伸びるにつれて新規ピンク部分が衰退している様子すらある。
しばらく保湿を怠っていたのでそれが原因かもしれないが、この湾曲なく離陸している爪が果たしてハイポなんちゃらのご機嫌次第でどうにかなるのか?

特定厨

特定厨ではない。やろうと思ったところでそんな技術も能力もないからだ。

そもそも苦労してまで個人情報を知ろうとは思っていない。

 

だが、特定のハードルが極端に下がっている場合は別だ。自分の手が届く範囲にある情報を逃したくない性分である以上、それがプライバシーの侵害になる可能性があろうとも、一度試してみたくなってしまう。

あちこちにヒントが散らばっている。Googleの検索バーにそれをテキトーに放り込んでみる。

もしそれで、本当に特定できてしまったら。そんな可能性がどれだけあるんだと半分笑いながら。いや笑わんけど。

 

 

 

特定できてしまった。

本当に特定できたかの裏付けもできてしまった。全部書いてあった。

動画で職業と名前の漢字を一部明かした時と、居住県がバレた時、その両方で検索結果のトップにいた、とあるお店のブログとSNSに。

当時は「あまりにそれっぽすぎる情報が引っかかって怖い」という気持ちが強くて中身までよく見ようとはしなかった。だからきっと人違いだろうと思った。

さっきなんとなくそのSNSを見ていた。聞き覚えのある情報がいくつか、最近の投稿に載っていた。

お子さんの状況、定休日、家族構成、ペットの名前と柄。

遡れば遡るだけ、疑心は確信に変わる。

リフォーム、出産。

出来事も時期も完璧に一致していた。

遡る手は止まらない。不思議と止まらない。形容できないぬるい気持ちが胸のあたりにずっとこもっている。

家族写真が載っていた。右端に見覚えのある天パがいた。

ちょうど1年前、手違いでインターネットに顔を晒してしまった面白おじさんが、いた。

 

 

だからといってどうということはない。去年の顔出しをリアルタイムで見てしまった時のほうがよっぽど心臓に悪かった。

家族みんな名前めっちゃかっこいいなとか、クオリティが想像の何倍もすげえなとか、嫁さんめちゃくちゃ美人でかわいいなとか、髭ちゃんとしてると男前だなとか、そういう感想はいっぱいある。ネガティブな感想はたぶんひとつもない。

ただ、誰にも言えないというだけの話。王様の耳はロバの耳~!ができる場所はリアルのこの一人ぼっちの部屋でだけだ。

特定を考えたりやったりしたことがある人ならとっくにわかってた情報だと思う。問題は、ごく簡単な検索だけで当ててしまったこと。

本人は論外、関係者、視聴者、誰か一人が不適切な環境でそれを言ってしまったら、たぶん、このおじさんの個人情報は活動名と紐づけられて一生インターネットに残る。そうなったらどうなるのか。

実況畑でいろいろ言われるだけなら一番マシだ。逆に、もしもリアルの交友関係にネット活動の情報がバレたらどうするのか。それは絶対に避けたい。なぜならこのおじさんのことが大好きだから。くっさいけどほかの粋な言い方が思い浮かばない。このおじさんと、おじさんの家族にはどうか余計なトラブルなく幸せでいてほしい。

雑談とかで嫁や子供の話するときは常に「そういうのもっとちょうだい」って思ってる。無限に聞けるし無限に聞かせてほしい。家族の話を聞きながら飲む酒が一番うめえんだ。

 

だから自分が何でこれをブログに残しておこうと思ったかはわからない。誰にも言いたくはないし言ってはいけないけど、「知っている」アピールはしたくなるのだ。愚か。

結局検索という行為をした時点で特定厨なんだろうか。

 

特定厨とは、ある情報から個人や場所を特定する人物の蔑称である。特定班とも呼ばれるが、こちらは蔑称としての意味合いは弱い。

特定厨とは (トクテイチュウとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

 

特定班ではないから特定厨なんだろう。たぶん。流布してないだけマシか。

どうか人生や特徴が被りすぎているだけの赤の他人であってくれ。

体臭(蔵出しそのに)

空白の3か月の間に書いてた記事そのに。
配信の視聴者であることに疲れてきてたのかな?っていうよくわからん内容。
何かに当てこすりたくて書いた記憶があるけど忘れた。
 
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体の臭い、といっても、リアルの話ではない。
ネットスラングでよく痛い発言とかに「くっさ」とか言うじゃん。あれ。
ネット上の体たる自分の文章から臭うものを仮に体臭と呼ぶ。
 
自分は体臭には人一倍気を遣っているつもりでいる。くっさって言われるのが怖すぎる。そもそもそういうこと言われないように露出を控えている。
ただ、日の届かないところに籠っている人間ほど体臭に気付けなくなるので、たまに外に出てみた瞬間にもし通りがかった人が鼻をつまんだら一生外に出られなくなる。それがさらに怖いから適度には露出するようにして、どの程度の文章なら臭くないのかを探っている。
それでも、体臭はゼロにはできない。
 
それぞれが生まれ持った性質、歩んできた環境によって、ある程度体臭のカテゴリが固定されている印象がある。そしてそれは異なるカテゴリの香りとは混ざらない。選ぶ語彙もノリもそれぞれのカテゴリごとに傾向がある。さらに、違うカテゴリの臭いは鼻につく。たまに香水の使い方がうまい人もいる。時間をかけて体臭改善をする人もいる。
 
自分の体臭はある種複雑性があって、マジョリティではないような、焼肉屋の後にタピオカ屋に行く、みたいな感覚がある。絶対に伝わらない例を出してしまったけど的確な例えが思いつかない。
他人の思考がわかんないのでなんとも言えないけど、大体の人は自分と解釈の合う居心地のいい体臭をまとっていると思うので、わざわざ「くっさ」って言われるリスクのある場所に自分から行かないんじゃないだろうか。
 
自分のインターネット人格は二次創作が盛んなタイプの女オタクによって育てられたものなので、体臭は女オタクカテゴリのものだと自覚している。しかし普段自分が露出する場所はTHE・老舗大衆居酒屋みたいな、古のインターネットの煮凝りが集う場所であり、先述の女オタクの体臭は即「くっさ」案件である。体臭はある意味適正とも言えると思うが、適正と好みが一致していないのである。だから発言の際にはとにかく8×4を振りまいてからエンターキーを押している。自分自身そういう臭いのが嫌いなので、自分の体臭に鼻をつまむこともしばしば。臭い自覚のない他人もムリ。スメハラである。前書いた記事でも似たような話してたと思うけど、その場のマジョリティの体臭を嗅ぎ分けてそれに合わせた香水をうまいこと纏わせられたら最強。
 
女オタクの体臭は強めの独自性があって、男オタクも太古からインターネットを主導してきた実績があるのでそれはもう加齢臭かってくらい体臭は強い。まあ両極的ではあるけど。
中性的、無性的なオタクはごく少数か、まだ体臭がないくらい歴の浅い人の印象。結局ベースは脳みその性別に依りがちかもしれないし全く関係ないかもしれない。答え合わせ出来ないから知りようもない。
インターネット上でどんな環境に身を置くかは自分でカスタマイズできるので、ベースがなんであろうと体臭の大半は自分の好みで決まっていると言っていい。だから極端な人もいれば日替わりの人もいる。この人昼飯カレーくってきたんやな、的な。
だから自分みたいに成長期が過ぎてから好みがガラッと変わってしまったりすると急に自分の体臭にむせるようになる。脊髄反射で出てくる文章があまりに女オタクっぽいのでつい悲しくなってしまう。もう少しゆるい体臭になりたかった。
 
このブログの体臭はいかほどのものだろうか。強めの香水を多量に撒いているつもりなんだがどうだろうか。
そもそも文章が下手でつまらんのはさておき、どういうものを接種してきたどういうタイプの人間なのか、つまり、シリアスなのかユーモラスなのか、楽観的なのか悲観的なのか、とかそういうものがどのくらいの濃さで出てるのかが非常に気になる。
自分としてはとりあえず言いたいこと書いてるだけで、性別が匂いそうなことは書かんでおこう、くらいの意識しかしていないので予想ができない。これが今の自分そのものの脳みそです。素材の味です。シュールストレミング並だって言われたりなんかしたら立ち直れる気がしない。
体臭は印象と直結してるからせめて清潔感だけは出せるようにしたい。せっけんの香りを纏いたい。
 
 

書きたいことがない(蔵出しそのいち)

空白の3か月の間に書いてた記事そのいち。
配信者熱が冷めて俺屍熱がふつふつしてたときの話。
なお溜まってる配信は見返していない模様。
 
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最初の2ヶ月くらいは結構なハイペースで記事を書いてあげていたし、先月も長文を1本かいた。一旦自己主張の波が収まったのでなんか書こうと思っても特に書きたいことがない。
 
だけど月に一度も記事を上げなかったっていうのはなんとなく嫌なので、適当に日記など書いてお茶を濁そうと思う。
 
ここ1年間ずっと配信者の天パと豚さんを観ていた。1回の配信の時間がクソ長いので、リアタイにしろTS視聴にしろ余暇の相当を費やさないと追いかけることができなかった。そして自分は一時にひとつのものにしか熱が向かない特性があるので、他の趣味は見る配信の無いときに気が向いたら、くらいの程度になっていた。
先月ごろから徐々に天パと豚さんの配信を追いかけることにあまり熱が入らなくなり、ゲームするついでに流しておく、くらいの熱量になった。本来このくらいの加減が最適なコンテンツだとは思うんだけど、ながし聞きしていると内容が記憶に残らないので自分にとってこの状態は追いかけているとは言えない。豚が芸人の影響で言動が強くなってきたのもあいまって、ちょっと億劫だけど聞かなければいけないという強迫観念に似たものも混じり始めていた。
そんなタイミングで我が友人が昔の実況を見始めたという知らせを目にし、このチャンスを逃してなるものかと自分も後追いで同じ実況動画を見始めた。一週間前の話である。
そんな大したことじゃないんだけど、実況動画をひたすら見るという習慣が久しく消えていたので(配信に置き換わってただけだけど)、とにかく今楽しくてしょうがない。愛を持ってゲームを心から楽しんでいる人のプレイってこんなに面白かったっけ?なんて思ってしまうほど違う毛色のものをずっと見てたんだなあと気付いた。実況動画見てた頃も配信者追ってた時も、どっちも「面白い動画を見ている」っていう感覚だったので、面白さがさらにジャンル分けされてるなんて考えたことなかった自分はちょっとした衝撃を受けた。お笑い芸人みてえな面白さとゲーム愛からくる面白さって全くの別物なんだなあ。どおりで芸人のゲーム実況が自分に合わないわけだ。
 
元々、豚さんは文章と雑談が気に入って聞き始めたし、天パはゲームきっかけだったけど結局雑談が一番好きだし、そもそもゲームをする人たちとして認識していない。一方実況は特定の1人(1組)だけど、めったに雑談を挟まず、ひたすらゲームのことを考えて喋ってる。適材適所というか得手不得手というか、ゲーム実況動画の捉え方がそもそも違う人たちを同じものとして観てしまっていた自分の目ヤベーなと思った。自分が好きなゲーム実況動画は言わずもがな後者のゲーム愛・ゲーム実況愛で自分の為にプレイしてる人。天パと豚さんは今流行ってるタイプの実況(?)のほうが近いのかもしれない。リアクション芸特化というかお笑い優先というか、ゲームの面白さは別として、みたいなところある。酒飲みながらだから直前の文章すら読めてないこともあるような雑プレイだし。それはそれで面白いからそういうの見たいときには最適だけど、ゲーム実況が見てえなあってときに天パと豚さん見るとコレジャナイ感で胃がムカムカする。これは自分の采配ミス。
だから豚さんが今のゲーム実況は違うみたいな話してるとおまいうってなる。豚さんの界隈は確かに原初的な実況ではあるけど当時から違うプレイスタイルの人はいっぱいいたって自分で動画で言ってるのにね。たぶん豚さんが言いたいことをこっちが聞き取れてないんだとは思うけど、伝わるように言ってるとも思えないので聞き流すが吉。豚アンチじゃないよ。自分と等身大の裏表ある人間なんだなあっていう人臭さがリアルで好きなんだ。だからたまにクソ嫌いになることもある。でもよく生きてる。だから好き。
 
内容がないよう。
要するに今2周目の実況が超面白くて睡眠時間が足りてないってこと。天パと豚さんは一週間くらい完全に放置してる。やっぱり配信追うより実況動画見てる方が100倍楽しいし生の喜びを感じられる。自分は天パ豚を急激に摂取しすぎた。視聴者層もちょうど変わり目みたいだし一抜けるにはいいタイミングだったと思う。溜まっちゃった配信は休日にゲームしながら一週間分見る。

近況報告

ほら言わんこっちゃない。綺麗に更新が途絶えた。
下書はそれなりに書いてたのに。
 
12月初旬に書いた下書2本はもったいないから後でうpするとして、
この3ヶ月?の間に何があったか、これからどうなりそうなのか書き留めておく。
 
配信者熱が冷めると同時に俺屍熱が爆発、もとい再燃した。
爪はふりだしに戻った。今は危機感に駆られて再チャレンジ中。進捗はない。
 
約1年間現実だけに浸って生きてきた反動か、空想世界にどっぷり浸かるのが楽しくてしょうがない。
中心にあるのは稲葉さんの一族。あれは最高の実況動画だ。
あんだけ嫌悪感のあった二次創作も徐々にセーフゾーンが広がってすげえ数見た。稲葉さん自身が動画で触れてなかったら見てなかったと思う。感情移入するにあたって妄想は不可欠だということが身に染みて分かった。あと絵師のツイッターを見るのは精神衛生上よくないということも学んだ。
俺屍自体にもどっぷり。リアタイで脇下を追ってた頃に買って罪悪感に耐え切れず投げていたvitaアーカイブで買った俺屍をひっぱり出してきて、環境整えてPCで録画しながらちょっとずつ進めている。攻略本も買った。ゲームとして楽しむ分には投げる要素はないけど、遺言や進言にキャラクターの意志が垣間見えたときにプレイヤーとしての罪を感じて一気にしんどくなる。産んでしまってすまない。
 
さらには数年ぶりにペンを手に取った。実況クラスタ(笑)時代ぶりに二次創作に乗り出そうとしている。
ブランクがありすぎることと環境を一新した影響でまだ成果物はなにもないが、どうしても見たい作品が頭の中で何本か完成している。アニメ入りの手書きMADが1本と、音MADが2本。漫画にしたい妄想もいくつかある。
イラストをアナログで描くところまでしかしたことがない自分にとって何もかもゼロからのスタート、正直ハードルが高すぎると思う。AviUtlの使い方覚えて、REAPERという概念を理解して、アニメーション指南書を買って、ペンタブの練習して、ドット打って。
五兎を一度に追いかけている。一兎をも得られない展開しか見えていないが、でも本編完結から5年経って未だニコニコに自分の構想と同じMADがうpされていないなら自分で作るしかない。うpするかどうかは別としてコンテンツとして存在しているところが見たい。自分が。特に手書きMADは茶番の曲で作りたくなってしまったので、自分でなければこの牌は切れないという確信がある。音MADがとん挫してもこれだけは絶対に完成させたい。音MADの数倍大変だが。
友人に「それは恋だよ」と言われたが本当にそうだと思う。こういうのが見たい!と欲するエネルギーが尋常じゃない。音MADのための素材集めをしているときに床に座ってるのがつらくて机と椅子を買い揃えた。資料もいっぱい買った。クソ高いスキャナーまで買った。完全に散財。金を惜しむという発想すら出ないほど実現させることしか考えられていない。仕事なんかしてる場合じゃない。
ディテールにこだわりすぎる悪癖があるので平安時代の庶民生活についての資料書みたいなのもいくつか買った。俺屍の世界自体そんな時代考証しっかりしてるわけじゃないから役に立つかは不明。
それらを形にするためにやりたいことで頭がいっぱいの状況が楽しい。自分のことだからきっとどこかで飽きるかもしれないけど、それまでは全力でこの生きがいを味わっていたい。
 
12月と1月は本当にそれで頭がいっぱいで、考えすぎてずっと体調悪かった。性癖まで変わった。ブログ更新しようって余裕すらなかった。久しぶりに自分の手綱がどっか飛んでってしまった。
ただお陰様で心の健康状態は最高。生きてるのクソ楽しい。今は俺屍の小説を読んでる。ゲームの序章と同じで容赦がない。多分すぐ読み終わると思う。
暫くはとにかく絵を描くしかないと思っている。原作厨の自分が満足するMADを作る為に今一番足りていないのは画力。こればっかりは描くしかない。モチベーションをいかに保てるかが勝負になる。
原作厨も黙るような一族を自分の手で描けるようになるまでどうか心が折れませんように。
 
 
 
 
あと、さっき何気なくアクセス解析見たら自分で閲覧した記憶がない日にアクセスの形跡があってちょっとヒュッとした。いや全体公開にしてんのは自分なんだけど、Twitter鍵垢引きこもり歴数年目の身にはちょっと刺激が強い。誰でも見れる場所に置いておくことに意義があるのであって本当に見てくれとは思ってない。やっぱり検索除けってやつはしたほうがいいのかもしれない。でも面倒だから必要に応じて公開範囲変えようと思った。